こんにちは。まるみです。
私は発達障がい(ASD,ADHD,LD)の息子と、ダウン症の娘を育てる
発達凸凹キッズのママです。
今日は【娘がダウン症だと分かった時】の当時の心境と
今思うことを書きたいと思います。
希望に満ちた妊婦生活
待望の2人目で、女の子ということもあり、私の心は希望に満ちてました。
毎回の妊婦検診も先生の『異常なし』のお墨付きもあり、何の心配もありません。
少し気がかりなのは
【体重増が怖い】くらいで、のほほんと妊婦生活を満喫していました。
1人目が帝王切開だったこともあり、今回も予定帝王切開で出産予定。
麻酔が怖かったけど、何とか耐えました。
いざ出産!
あれ?なんかおかしい…
産声を聞いて、やっと我が子に会える。
うれしい。待望のご対面。
【あれ?なんか違和感が】
取り出された赤ちゃんはフニャフニャしていて、先生たちは何故か慌ただしい。
【どうしたんだろう。。。】
先ほど感じた違和感がだんだん現実のものとなりました。
立ち合いした夫も
『なんか顔がダウン症っぽくなかった?』と。
『やっぱり!けど、健診でも何も異常なかったし、まさか…ね?』
取り出された赤ちゃんは呼吸が安定しないからと保育器に入れられ、当日は会えませんでした。
この会えない時間に不安はどんどん募るばかり。
・ダウン症 顔つき
・ダウン症 指の数
・ダウン症 特徴
・ダウン症 耳の形
出産後の傷跡もまだまだ痛む中、必死でネット検索。
少しでも違う所を探してました。
これはないからやっぱり気のせいだよね?
いや、でも顔つきはやっぱり特徴が…
自分たちがまさか『障がい児、ダウン症の親』になるなんて
思ってもいませんでした。
希望から絶望へ
出産後次の日には医師から
『染色体の検査をしましょう』とお話がありました。
【あ~やっぱり気のせいではなかったのか】
ここからは、
なんでダウン症なの?
なんでうちなの?
育てられる?
可愛がれる?
大人になるまで育つの?
親になんて言おう、、、
考えても考えても、答えはでない。ただダウン症だという事実は変わらない。
落ち込む私と、落ち込んでばかりはいられないという相反する気持ちで揺れ動く中で
『自分は前世で何か悪いことをしたのかな』とも思いました。
こんな母親じゃダメだ
産まれてきた赤ちゃんは何も悪くない。
産まれたことを悲しむのは赤ちゃんに失礼だし、親の私がこんな気持ちじゃ
赤ちゃんが可哀そうだ。
ダウン症だけど、よく見ると私に似てる。
今までダウン症の方を見たとき
『みんな同じ顔』だと思ってました。けど、実際に我が子を見るとそうじゃない。
特徴的な顔ではあるけど、それぞれちゃんと違っていて、親に似ている。
親の私が愛情を注いであげないでどうするんだ
障がい児の子育てなんて未知なことが多すぎるし、分からないことだらけ。
私に出来るかな…
不安だけど、やるしかない!
この子のおかげで新しい世界が広がる
どうしてこの子はうちに生まれてきたのだろうか
よくこのことを考える。
神様が試練を与えたのではないかと思ってましたが、うちには試練が多すぎる!笑
今だから笑い話に出来ますが、当時はそんな笑える余裕はなかった。
けど、知らない世界を知れたのは他でもないこの子の存在のおかげ。
出生前診断をしていたら、もしかしたら産むのを諦めていたかもしれない。
けど、今言えるのは
【この子に会えて本当に良かった】
ダウン症のお子さんを出産されてまだ間もない方が
この記事を読まれることがあったら言いたい。
この子は素敵な子だよ
この子は知らない世界を教えてくれるよ
素晴らしい子だよ。と。
ではでは、今日も”感謝と笑顔”で生きる!まるみでした!

